ふと思った。来世、私は何になろうか。
……なんて、別に、馬鹿真面目に考えているわけじゃない。そもそも私は、来世なんて信じていない。
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人は、いつか死を迎える。今は「人生100年時代」だという。だから、私の場合、死ぬのは80年後のことかもしれないし、あるいは__もっと早いかもしれない。
私の手のひらに刻まれた生命線は、妙に短い。もしかしたら、私は他人より少し早く死ぬのかもしれない。でもまあ、それならそれで仕方がない。
死の先には、何もない。私はそう思っている。天国も地獄も、幽霊も輪廻も。そういうものを信じたい気持ちは分かるけれど、私には実感がない。
死んだら、それで終わり。魂がふわふわ彷徨ったりはしない。__そう、死ぬときは、ただ死ぬだけだ。
私たちは、生きようとして生きている。けれど結果的には、誰だって死に向かって進んでいる。なんだかそれって皮肉で、ちょっとゾクゾクする。……まあ、これは言葉遊びの範疇だけど。
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夜中、布団に包まって眠る前。将来の夢を、根拠もなく語る子どもみたいに、ふと私は「来世」について考えたくなった。人間、誰しもそういう夜がある。
来世、私は何になりたいのか。その前に、私は何になれるのか。
生き物? 無機物?そもそも私は、何の枠にもとらわれずに来世を考えられるだろうか。
あ。__石、なんてどうだろう。
川辺に転がる、灰色の石。水切りしやすい、平べったい石ならちょっとかっこいい。
庭園の奥に置かれた、趣のある石もいい。……ああ、赤くて今は採掘できない、幻の佐渡赤玉石。そんな存在になれたら、なんだかロマンがあるかも。
それか、宝石になって誰かの首元に揺れるのはどうかな。ダイヤモンドは王道だけど、いいんじゃないか。誰かの結婚指輪になって、一生を共にするのも悪くない。
それとも、形が決まりきっていない存在__そう、マグマ。まだ岩にもなっていない、流動する熱。不確かで、不安定で、でも確かに力を持っている。……そういう在り方も、面白い。
でもやっぱり、私は風になってみたい。この大きな地球を巡って、街のビルの隙間を抜け、芝生や木々の間をすり抜けて__誰かの髪をそっと撫でる。それって、なんだか楽しそうじゃない?
私は花にもなりたい。
花は美しい。私は美しいものが好きだ。
他人がどう思うかなんて関係ない。私自身が、好きだと思えるものが好き。
じゃあ、私が花になるとしたら__どんな花だろう。
大輪の花を咲かせる、薔薇?女王みたいな、気品のある花。でも、私にはちょっと高貴すぎる気がする。
純粋さを象徴する、百合はどうだろう。うーん、好きだけど……どこかしっくりこない。
そうだ、私の誕生花を調べてみよう。
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アザレア(Azalea)
花言葉:「節制」「愛の楽しみ」「あなたに愛されて幸せ」
華やかな鉢植えで、冬から春にかけて咲く花。
スイセン(水仙)
花言葉:「自己愛」「神秘」
自己を信じる強さと、どこか孤高の雰囲気を纏う花。
ヒイラギ(柊)
花言葉:「先見の明」「用心深さ」
冬の守り手。クリスマスにも登場する聖なる木。
ふむ。候補はいくつかあるようだ。
それぞれの花言葉を、もう少し調べてみよう。
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アザレア
• 愛の喜び
• 節制
• あなたに愛されて幸せ
• 控えめな愛
• 情熱的な恋
• 家族の愛
• (白は清楚、赤やピンクは情熱)
……う〜ん。“愛”や”恋”に関する花言葉ばかり。そういうのはもう、たくさんだ。この素敵な花に、私は似合わない。
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スイセン(水仙)
• 自己愛
• うぬぼれ
• 神秘
• 尊敬
• 希望
• あなたは誰にも負けない
• もう一度愛して
……これは、悪くないかも。“うぬぼれ”なんて、むしろ上等。でも、「もう一度愛して」は……それを願う相手が、私にはいない。
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ヒイラギ(柊)
• 先見の明
• 清廉な心
• 家庭の幸福
• 永遠の命
“家庭の幸福”。もう、それを素直に願える時期は過ぎた。そういう気持ちをまっすぐに抱くには、少しだけ歳を取りすぎたのかもしれない。
花になるのはやめようか。あ、でも。スイセンに似た花がもうひとつあった。たしか、スノーフレーク。
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スノーフレーク
• 純粋
• 汚れなき心
• 無垢な愛
• 慈愛
• 繊細な心
可憐で、白くて、でも__毒を持つ。そういうギャップ、嫌いじゃない。
でも、私は思う。私はこんなに華やかな花ではない。脇役くらいがちょうどいい。だから、カスミソウはどうだろう。
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カスミソウ
• 清らかな心
• 無邪気
• 感謝
• 誠実な愛
• 切なる願い
• 幸福
ブーケで主役を引き立てる花。けれど、その美しさは静かで、確かで__強い。
これこそ、私らしい。たった一人に届けば、それでいい。ささやかな美しさ。それが、私。
来世は、カスミソウになろうか。
でも……もし、どうしようもなく誰かを愛したくなったら?カスミソウの華奢な身体じゃ、その人を守れないかもしれない。だったら、いっそ。
私は、大きな林檎の木になりたい。
雨に困れば、私の木陰に入って雨をしのいでくれたらいい。お腹がすいたら、私の実を食べればいい。そして、私が老いて枯れたときは__私の身体を、木材にしてほしい。家でもいい。家具でもいい。何かに使ってくれればそれでいい。そうしたら死んだあとも、私は誰かを支えることができる。
ここまで考えて、思わず笑ってしまった。やはり、私は__誰かを、愛したいのか。
カーテンの隙間から、光が差し込む。少し眩しい。こんなくだらないことを考えていたら、冷たい夜は終わって、温かい朝がやってきた。諦めかけていた何かにも、ほんの少し光が差した気がした。
今世の身体__人間の身体を動かして、窓を開ける。柔らかい風が、頬を撫でた。家のそばの大きな木が、枝を揺らす。お日様は、相変わらず温かい。
“愛”という言葉には、まだ少し違和感がある。いい思い出もない。だけど__私はきっと、誰かを愛せる。そんな気がした。