湿った床に膝をつき、虚ろな目を見つめる。
沈黙に耐えきれず、私は口を開いた。
「そりゃ、愛していますよ。
あなたは私の全てですから。
あなたが自分をどう思っていようと、私はあなたの……人間くさい不完全ささえ好ましいと思っているのです。
……まぁ、あなた、人間ではありませんけれど。」
小さく呟くと、口元がかすかに動いた__ように見えた。
「驚いてるんですか。
……まさか、あの言葉を忘れたわけじゃないでしょう?」
また黙り込む。子どもみたいに。
「ほら、言っていたじゃないですか。
いつか想いを寄せられたら、応えてもいいって。」
息を整え、一思いに告げる。
「だから私は、こうして告白しているんです。
あなたが、私だけのものになればいいって。
そう願っているんです。」
__あなたは答えない。
「ねぇ、好きです。」
__応えない。
「愛しています。永遠に。」
__こたえない。
埒が明かないので、ひと眠りすることにした。
家に帰るのも悪くはないが、できれば彼のそばにいたかった。
鞄から薄っぺらい上着を取り出し、床に敷く。
彼の隣に寝そべり、動かぬ横顔を見上げる。
飽きることのない光景。だが、睡魔には抗えない。
視界が赤く滲み、闇に溶けていく。
そのとき、鼻を刺す強烈な匂いに気づいた。
けれど身体は床に縫い付けられたように動かない。
私はただ、考えることしかできない。
気づくと、彼が私を覗き込んでいた。
その昏い瞳を見た瞬間、全てを捧げたい衝動が込み上げる。
けれど、それは今ではない。
衝動を抑えるために目を強く閉じ、鈍い頭で遠い昔を思い返す。
「……出会いから間違っていたのかもしれません。
私たちには、立場と責任があった。
それがなければ、恋が芽生えたとき、ただの女としてあなたに想いを告げられたのに。」
グシャリ。
何かがひしゃげる音。
驚いて目を開けると、彼は大きな体を丸め、床に突っ伏していた。
緩慢な動きで手を伸ばす。
それはひんやりとしていて、肌馴染みの良い質感であった。
そして、柔らかなブルネットが、指先からはらりと零れ落ちる。
呆然とする。
そうか。そうか。床に沈みゆく彼は__。
ビチャ、と音がして、何かが床に落ちた。
それは転がって、私の足元へ。
拾い上げると、それは粘りつく赤黒いものに塗れていた。
薄暗い明かりに翳すと、それは宝石のように揺らめきながら、こちらを見返す。
__長い間、私を見つめていた眼差し。
私が恋い焦がれた、あの瞳。
「ねぇ、あなた。
どうして、逝ってしまったのですか。」